YUM YUM TREE 乗鞍の景色を形作るバウムクーヘン工房

乗鞍高原のお土産というと、何を思い浮かべますか?
乗鞍に移り住んだ私は、帰省したりお使い物の用があるときに、よく利用させてもらっているお店があります。それが今回ご紹介するバウムクーヘン工房 YUM YUM TREE(ヤムヤムツリー)さんです。

ふわふわっとした食感としっとりとした生地感のあるバウムクーヘン。そんなYUM YUM TREEさんのバウムクーヘンを知ってしまうと、他のバウムクーヘンはなんだか食べたくなくなってしまうほど。

GiFT NORiKURAでは、コーヒーや紅茶のお供にぜひお勧めしたいと、YUM YUM TREEさんのバウムクーヘンを仕入れ、メニューとしてご提供しています。

山歩きの後に香りたかいコーヒーと、ふわっとしっとりとした優しい味わいのバウム。これが本当に美味しくて、嬉しくて、癖になってしまうのです。

今回は、工房へお邪魔して、YUM YUM TREEさんの美味しいバウムクーヘンが生まれる秘密に迫りました。

乗鞍ならではのお土産として バウムクーヘンをつくりたい

職人の祐介(ゆうすけ)さんと祐介さんの母・理恵(りえ)さん

「オーブンの熱で暑いけど、どうぞ見て行ってください。」

と工房内に快く迎え入れてくださったのは、YUM YUM TREEでバウムクーヘンを焼く職人の宮下祐介さんと、祐介さんのお母さんの理恵さん。宮下さん一家が乗鞍でバウムクーヘン工房を始めたのは2015年10月のことです。どんな流れで、今ここでバウムクーヘンを焼くことになったんだろうとお話を伺ってみると……。

祐介さん
「バウムクーヘンのお店を始めるというのは、乗鞍ならではの新しいお土産をつくりたいという親父の発案だったんです。」

祐介さんのご両親、了一(りょういち)さんと理恵さんは、祐介さんの産まれる前から、高原内でペンションを営んでおられました。了一さんは、日々お客様と接する中で、お客様にアピールできる地域の特産があればいいなと常々思っていたそうです。それだけでなく、乗鞍に足を運んでくれるお客様の数が年々減っていくなか、地域を元気にしたいという想いも膨らんでいき、乗鞍ならではのお土産を自分達で作ろうと決めたのだとか。

そしてペンション開業30年を迎える2015年に、ペンションに併設する形でバウムクーヘン工房を開業。それと同時にペンションは『テンガロンハット』というB&Bとして名称変更し、再出発することになったそうです。長年にわたり宿業を営まれたからこそ感じる様々な想いを、こんな風に形にし、家族で力を合わせて行動に移していくってすごいな……。宮下さんファミリーの乗鞍愛を感じます。

バウムクーヘン工房&カフェとB&Bの外観

乗鞍でバウムクーヘンを焼く理由

現在メインでバウムクーヘンを焼くのは、息子の祐介さん。 はじめはご両親のお手伝いとして働き始めたそうです。最初は始めることに半信半疑だったという祐介さん。でも、ご両親と話を進めていくうちに、何だか明るい未来の展望が描ける気がしてきたと言います。

祐介さん
「人を笑顔にする仕事をと思って色々しているうちに、今ここにいます。 最初はバウムクーヘン屋を始めることはどうかなと思っていたんです。まさかこんな風に毎日粉まみれになるとは、想像できませんでした(笑)。」

現在32歳の祐介さんは、乗鞍にある大野川小中学校を卒業後、ニュージーランドへ留学。21歳で日本へ戻り、松本で仕事に就いたそうです。その後、「今しかできないことを」との思いから東京へ。車好きを活かし、25歳の時にタクシーの運転手に。持ち前のコミュニケーション力や、留学で培った英語力も活かすことができ、充実した日々だったそうです。

祐介さん
「でも、いつかは(乗鞍へ)戻ってきたいと思っていたんです。ここには何もないっていう人もいるけど、自分はそうじゃないと思っていて。都会にないものが、やっぱりあるよなって。それこそ、自然がくれるギフトがあるなと。ここで育って、一度乗鞍を離れたからこそ、その思いが強くなりましたね。」

都会にないものが乗鞍にある。頑張りすぎたり、疲れすぎることがあっても、すぐ近くで自然に癒されるし、自然体でいられる。そして、山の中で暮らす助け合いの精神がベースにある乗鞍。祐介さんは、自分が育ったこの大好きな場所で、将来は子どもを育てることができたらなという想いもあるそうです。 4年前に街の方から移住してきた私にとっても、それはすごく共感できることなのでした。

そして、祐介さんは29歳のときに神戸でバウムクーヘンを作る修行をし、その後にバウムクーヘン工房を手伝うために、乗鞍へ戻ってくることになります。

バウムクーヘンづくり
バウムクーヘンの材料を混ぜ、生地をつくっている様子

「タクシー運転手をしているときも、出身地を聞かれて、『乗鞍』と言っても知らない人ばかりで……。こんなにいい所なのに、知られていないのが悔しくて。バウムクーヘンが乗鞍の新しい名産になって、更にはバウムクーヘンをきっかけに乗鞍を知ってもらえるようになったら、それはすごくいいなと思ったんです。 」

では、そもそもの話しになってしまいますが、なぜ乗鞍でバウムクーヘン?
その訳を伺ってみると……。

祐介さん
「バウムクーヘンはドイツのお菓子なんですけど、ドイツ語でバウム=「木」、クーヘン=「ケーキ」という意味があるんです。乗鞍には、白樺など特徴のある木々や美しい林があるので、乗鞍の自然を思い出せるようなお菓子として、バウムクーヘンはちょうどいいのではと考えました。また、様々な材料を練りこむこともできるので、地域ならではの材料を使うことで、地域の特色を出しやすいことも理由のひとつです。」

バウムクーヘンは、木が時間をかけて年輪を重ねるように、時間をかけて生地を一層一層焼きつけて輪を重ねていくお菓子。焼きあがったその表情は、なるほど木の造形とリンクします。

奥は少し前に焼きあがったバウムクーヘン。ぼこぼことした凹凸は白樺の木肌をイメージさせる。手前はこれから生地を焼き付けていく芯。

取材当日、私は、生地づくりから焼成までを特別に見学させていただきました。木の造形とリンクするとはいえ、乗鞍でバウムクーヘンを作るのってこんなに大変なのか……と祐介さんの努力と苦労に驚いてしまいました。

平地と高地の違い 条件の厳しい乗鞍でのバウムクーヘンづくり

祐介さん
「 神戸で職人をしているバウムクーヘン職人歴25年の大ベテランの方が、開店準備の際にここで焼き方などをレクチャーしてくれた際、全く上手く焼けなかったんです。頭を抱えていました。神戸と乗鞍では標高差がかなりあり、気圧も全く違うので、それが上手く焼けない理由だと分かったんです。」

平地と高地の環境の違い。確かに、花も木も平地と高地では全く適正環境が異なります。お菓子も生きものだとすれば、上手に育つには手のかけ方や条件の整え方が変わってくるのかもしれません。

とは言え、気圧の違いが原因だと分かっても、すぐに上手く焼けるようにはならなかったそうです。祐介さんは、その後も材料・ガス圧・温度・焼き時間……微妙な調整を続けました。また季節によっても気圧の変動が極めて激しいこの乗鞍で、日々、気の遠くなる試行錯誤を繰り返したそうです。

バウムクーヘンの生地を混ぜる
最後は感触を確かめながら、生地を混ぜ込んでいく

祐介さん
「納得できるバウムクーヘンを安定して焼けるようになったのは、つい最近のことですね。まだたまに焼いているときに、あともう少しで焼き上がりというところで、生地が芯から落ちてダメにしてしまうこともあるんですけど。」

そう笑って話す祐介さん。でも、一連の作業を見学し、お話を伺っている最中も、生地の感触を丁寧に確かめたり、その日その日で異なる気象条件、そしてオーブンの中での生地の様子によって、微妙な調整をしているシビアな様子が垣間見えました。

祐介さん
「試行錯誤しているうちに、様々な条件が整うと、この乗鞍でしか出せない出来栄えがあることに気づいたんです。」

それは、標高が高く、気圧の低い乗鞍の環境条件が大きく作用しているようです。バウムの層にギュッとつまった空気が、焼きあがる際、生地と共に一気に膨らむことで、信じられないくらいふわっとした食感を生み出すのだとか。なるほど、美味しいふわふわの秘密はここにありました。

我が子のように 対話しながら焼く

生地は、バウムクーヘン専用の回転式オーブンで、一層一層焼かれていきます。

バウムクーヘン専用オーブン
YUMYUMTREEさんのイメージカラーと同じくオレンジ色のオーブン

祐介さん
「毎日、我が子のように焼き上げています。暑くない?痛くない?大丈夫?などと対話しながら。(笑)生地は正直なので、こうして対話していると、何かちょっとした異変がすぐにわかるんですよね。」

バウムの生地をならす

この日、祐介さんが焼いていたのは、「シラカバ」というハード系のバウム。 白樺の白い木肌を出すために、焼き色をつけすぎず、かつ生焼けにならない、そのギリギリの調整が必要とのこと。微妙な調整の違いで、焼き上がりに大きな差が出るそうです。 温度やガス圧の調整具合によっては、生地が途中ではがれて落ちてしまったり、生焼けになってしまうこともあるのだそう。 この色味と焼き具合の調整……聞いているだけでも大変そう。ですが、ハード系とはまた違い、GiFTでも取り扱っている「ノリクラ」という種類のソフト系のバウムだと、ふわっとした食感を出すために、調整がよりシビアなのだそうです。

角をつける
シラカバの生地に 角 (凹凸の溝)を慎重につけている祐介さん

シンプルで安心な素材からつくる

バウムクーヘンの素材はと言えば、YUM YUM TREEさんでは、 松本市の平飼い卵「あいだの卵」や信州産の小麦粉を使用していたり、添加物はなるべく使用しないようにと、素材選びにこだわりをもっています。

祐介さん
「余計なものは加えたくないし、安心なものを食べていただきたいと思っています。」

バウムクーヘンは卵のお菓子と言われるほど、卵の味が決め手になるそう。狭いケージで無理を強いて飼育された鶏の卵ではなく、広いところでのびのびと育った平飼い鶏の卵を使うと、美味しさが全く違うと分かり、YUM YUM TREEさんでは平飼い卵を使用することに。材料費は高くなってしまっても、自分たちも納得し、お客様にも安心して笑顔で食べてもらえるものをと、譲らないポイントにしたそうです。

一口ぱくりと食べると、スウっと体に染み込んでいくようなYUM YUM TREEさんのバウムクーヘン。そんな風に体に馴染んでいく美味しさの理由は、シンプルで安心な素材で作られているというところにもあるのかもしれません。

景色を楽しみながら 作り続ける

祐介さん
「焼いていると色々あるけれど、ここでこうして焼きながら、窓から見える景色に癒されています。春・夏・秋・冬と季節によって窓から見える景色が移り変わっていくのを日々見ていると、その変化に敏感になるし、またその変化に応じて焼き方を調整するのは面白いなと。めちゃくちゃ大変だけど(笑)。」

オーブンのすぐ脇には大きな窓が。冬の雪景色、春の新緑、夏のまぶしい緑、秋の紅葉と、四季に応じて移り変わる景色を工房内からも日々楽しむ祐介さん。

我が子を育てるように生地と優しく向き合う祐介さんの手で、一層一層焼かれていくバウム。それは乗鞍の自然の移り変わりを敏感に察知しながら、生地との対話の中で生まれていく、乗鞍の自然と 素材と 祐介さんとの共同作品なのかもしれないなと感じました。

バウムクーヘンの焼き上がり
綺麗な焼き目のシラカバのバウムクーヘンが焼きあがる

祐介さん
「自分は移り変わるものが好きなのかもしれません。タクシーの運転手をしていたときもそうだけど、お客さんを乗せて、車から見える景色がどんどん移り変わっていく。お客さんとコミュニケーションをとりながら、毎回違う景色を楽しむという点では、バウムクーヘンを焼くのとタクシー運転は似ているのかもしれませんね。同じく回るものだし。(笑)」

今回のインタビューを通し、乗鞍の自然の景色とバウムの景色を日々楽しみながら、さらなる美味しさを求めて、一本一本挑戦を続ける祐介さんの姿が印象に残りました。また、祐介さんをバックアップしながら、宿業と並行してお店を一緒に営む宮下さんファミリーの温かい雰囲気もまた、お店に溢れていたのでした。

バウムクーヘンの焼き上がり
約40分をかけて、6本のバウムクーヘンが焼きあがった

「バウムクーヘンを通して、乗鞍の魅力を伝えたい。」

乗鞍を心から愛するファミリーが、バウムの一層一層に想いをこめて、今日も乗鞍の新しい景色を作っています。

祐介さん、そして理恵さんと了一さん、貴重なお話をありがとうございました。

GiFT NORiKURAでは、YUM YUM TREEさんのソフトバウム「ノリクラ」を仕入れ、メニューとしてご提供しています。乗鞍の環境でしか作り出せない、ふわふわのバウムは、ジェラートとの相性も抜群です。また、コーヒーとの相性はもちろんですが、実はのりくらヤギミルク&自家製ブレンドのスパイスをつかった「のりくらチャイ」との相性も抜群に良いので、ぜひお試しを。

のりくらチャイとバウムクーヘン

そして、GiFTでお取り扱いしていないバウムクーヘンがYUM YUM TREEさんの工房&カフェには多数あります。季節によってショーケースに並ぶバウムの種類が少しずつ変わっていくのも楽しみです。オンラインショップもありますので、気になる方はぜひ店舗を訪れていただくか、オンラインショップへ。

様々なバウムが並ぶ 店内のショーケース
YUMYUMTREEロゴ

バウムクーヘン工房&カフェ
YUM YUM TREE
営業時間 9:00 〜 17:30
定休日  水曜日(繁忙期は営業)
〒390-1520 松本市安曇4306-8
Tel 0263-93-2360 / Fax 0263-93-2144
https://yumyumtree.jp/

(おまけ)
取材からの帰り際、秋限定(店舗販売のみ)の「和栗」を購入し、家路に着いたわたくし。こちらの商品は、他県からわざわざ日帰りで購入しに来る方がいるほどの、人気商品なのだそうです。
もれなく私もyumyum……それはもう、美味しくいただきました。秋の楽しみのひとつとして定番化することが私のなかで決定したのでした。

(記事:Ayako Momiji)

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